2019年10月18日付の日本経済新聞夕刊の「専業主婦世帯、忍び寄る貧困 『稼ぐのは夫』意識抜けず」という記事。統計結果と解説がずれているような気がして、熟読してしまいした。
独自の子育て世代調査「子育て世帯全国調査」
記事はまず以下のように始まります。
専業主婦世帯に、貧困の影が忍び寄っている。18歳未満の子供がいるケースで貧困率が約1割に上ることが、独立行政法人の労働政策研究・研修機構(JILPT)による調査で分かった。
とありました。この調査を見てみましょう。
この記事は、2018年にも実施されている「子育て世帯全国調査」のなぜか12・14・16年調査のみを取りあげています。
JILPTが2011年、12年、14年、16年に実施した「子育て世帯全国調査」をもとに、周燕飛・主任研究員が分析した。
だそうです。なぜ今、18年調査を踏まえない分析なのでしょうか。
※この記事の中で最新の2016年に実施された「子育て世帯全国調査」の概要は、こちらで、見ることができます。
全国2,159の子育て世帯を調査
調査対象など、確認しておきましょう。
調査対象
- 母子世帯(693)
- 父子世帯(86)
- ふたり親世帯(1,380)等
計 2,159 子育て世帯
調査対象地域は、全国175の調査地点です。末子が 18 歳未満の世帯を「子育て世帯」としています。
調査内容
生活状況およびその保護者の就業実態や公的支援についての要望などを調査しています。
なお、ふたり親世帯の場合、回答は母親がするよう指定されているそうです。
貧困率が高いのは、実は「パート主婦世帯」
記事は、「専業主婦が貧困でも働かないこと」を分析する内容で、タイトルは「専業主婦世帯、忍び寄る貧困 『稼ぐのは夫』意識抜けず」でした。
しかし、統計結果を記事はこう紹介しています。
専業主婦世帯の貧困率は、12年が10.1%、14年が11.8%で、いずれもパート主婦世帯を上回っていましたが、16年は5.6%に下がり、一方、パート主婦世帯が8.5%と逆転しています。
ここで疑問。専業主婦世帯の貧困率のポイントは12年の10.1%から16年の5.6%と大きく数値を下げ、16年にはパート主婦世帯に逆転されています。
また、5.6%を「約1割」と言ってしまうのはずいぶんおおざっぱです。
問題はむしろ「パート主婦世帯」の貧困でないでしょうか。
これに対して、記事では、以下のように説明。
周氏は「求人の増加を背景に一部の専業主婦がパートで働き始めたが、十分な収入を得られていない」とみる。
……統計の専門家でいらっしゃいますが、ここは推測なのでしょうか。疑問が解消しません。
なお、18年調査では、「母親がパート・アルバイトの世帯は、母親が無職の世帯よりも総じて経済的困窮度は高い」と書かれており、パート主婦世帯が苦しいという傾向が強くなっています。そのことには、なぜ触れないのでしょうか。
貧困とは、収入で最低限度の生活を維持できないこと
ここで「貧困」とはどういうことであるかの定義を確認しておきましょう。
「貧困率」とは、「可処分所得が『貧困線』未満の世帯の割合」のことです。
「貧困線」とは、等価可処分所得(世帯の可処分所得<いわゆる「手取り収入」>を世帯人員の平方根で割って調整 した所得)の中央値の半分の額。
それ以下の収入では、最低限度の生活も維持できないと考えられる統計上の境界線のことです。
可処分所得が貧困線未満の世帯の割合(貧困率)は16年調査で、子育て世帯全体 10.2%、ふたり親世帯 6.0%、ひとり親世帯 43.0%でした。貧困の問題は、ひとり親世帯のほうがより深刻です。
記事ではなぜ、ふたり親世帯に注目するのでしょうか。
非正規・パート主婦は、収入を限度額内に収める
さらに調査によると、「非正規・パート主婦」の 68.2%が、配偶者控除(つまり、ふたり親世帯の話ですね)の収入限度額である 103 万円以内で働いています。
「第3号被保険者」の収入限度額である 130 万円以内で働く者と合わせると、「非正規・パート主婦」の約8割がいずれかの限度額内に収まる収入額で働いています。
こうした「非正規・パート主婦」の収入を抑えようとする動きが、パート主婦世帯の貧困率を押し上げてはいないのでしょうか。
記事では、「ふたり親世帯かつ妻が無職」の世帯を取り上げ、
夫の収入だけでは生活が難しくなっても、本格的に働きに出ないのはなぜか。
と、問いかけています。
この問いに関しては、パート主婦世帯の貧困率が上がっていることからも……
「ずっと専業主婦だった女性が働きたいと願っても、本格的な高収入が得られる仕事につくのは難しく、低単価しか得られない。低単価で働けば、長時間働いて家事育児に使える時間が減るうえ、保育料がかかって手取りは下がるから」
という答えが、すでに出ているような気がします。
むしろ、「夫の収入と自分の収入を合わせても経済的困窮度が高いのに、収入制限内でしか働かないのはなぜなのか」のほうが、私から見ると問題です。
専業主婦は有業主婦より幸福感が強い
また、調査では幸福度に関する調査も、妻が働くことの阻害要因を感じさせます。
「高幸福度」状態にいると評価した母親の割合は、妻が無業(専業主婦)のグループ 61.7%、妻が有業のグループ 51.7%となっているからです。
「仕事に行かないほうが幸せだから働かない」ということは、つまり「仕事を頑張る母親は不幸せ」と考えられているということ。
働く母親に過度な負荷(職場での差別だったり、家事負担の集中でったり)を与える社会環境が、貧困層であっても、専業主婦(無職)や収入制限内で働いたりする母親を生み出しているでないでしょうか。
貧困専業主婦の3人に1人は自分を「とても幸せ」と捉えており、自発的に現状を改善する動きは期待しづらいという。
(中略)「切実な状況を役所に訴えれば優先的に保育園に入れるケースもある。生活に余裕がなく、損得計算ができていないのではないか」と周氏は推測する。
収入が低くても生活を工夫して「とても幸せ」な暮らしを送っているなら、それもひとつの価値観(不幸なお金持ちもたくさんいます)とライフスタイルではないかと思いますが、これに対しても、妻を「損得計算ができていない」とまるで「貧すれば鈍す」といった扱いです。
報告書に「稼ぐのは夫」の記述なし?
さらに記事は、妻側からの「稼ぐのは夫」という甘えへの批判へと続きます。
ここで、記事で紹介されている以下の記述について資料内を検索しましたが、記述が見つかりませんでした。
JILPTの調査で貧困層の専業主婦に理由を聞いたところ、「子育てに専念したい」が48.1%で最も多く、「時間について条件の合う仕事がない」(21.2%)、「子供の保育の手立てがない」(13.5%)が続いた。
どこに調査結果が公表されているか問合せたことろ、周氏が著書『貧困専業主婦』(新潮社 (2019年7月)のために特別集計したもので、同機構の研究成果としては発表されていないそうです。
「子育てに専念したい 」の背景は?
さらに気になるのは、「貧困にも関わらず、専業主婦が『子育てに専念したい』という自己都合で働かない」の根拠です。
というのは、もし調査が付属資料にあった以下の質問をもとにしているとしたら、バイアスを感じるからです。
調査票を確認すると、「あなたが、現在働いていない理由は何ですか。主なものを2つまで選んでください。 」という質問がありました。
この質問の「ふたり親・貧困・専業主婦」の回答を集計したと推測はできます。
質問と回答は以下のとおりです。
(5)あなたが、現在働いていない理由は何ですか。主なものを2つまで選んでください。(○は2つまで)
1 仕事の探し方がわからない
2 収入について条件の合う仕事がない
3 時間について条件の合う仕事がない
4 自分の年齢に合う仕事がない
5 知識・経験をいかせる仕事がない
6 健康上の理由で働くことができない
7 子どもの保育の手だてがない
8 家族の介護をしなければならない
9 家庭内の問題を抱えている
10 子育てに専念したい
11 経済的理由で働く必要がない
12 その他(具体的に
周氏は、回答について「子育てが理由の自己都合であり、貧困でも専業主婦でいることを自ら選んでいる」と解説されています。
しかし、私は選択項目に疑問をもちました。
「子育てに専念したい 」という回答は、理由のようで理由ではないからです。これは「働いていない」の言い換えです。
なぜ、子育てに専念したいのでしょうか。そちらが専業主婦を選んだ本当の理由です。
「収入について条件の合う仕事がない」から「子育てに専念したい(働いていない) 」(スキルが低い、買い叩かれるなど、保育料に見合う十分な収入を得られないのか)
「時間について条件の合う仕事がない」から「子育てに専念したい (働いていない)」(他に保育を頼める大人がいないと推測)
「健康上の理由で働くことができない」から「子育てに専念したい (働いていない)」(子育てだけで、体力的に精一杯なのか)
これは理解しがたい「自己都合」でしょうか。
「子育てに専念したい (働いていない)」はほかの理由といくらでも重なります。
だから、2つまで選べと言われれば「子育てに専念したい 」を選ぶ人が多くなるのでしょう。
また、サンプル数についても疑問がでてきます。
「
さらに、記事で紹介されている根拠も「周氏が対面で聞き取り」です。
何人の話をきいて、何人の専業主婦が「夫に夜は副業で働いてほしい」と言ったのでしょうか。まるで「ネットの声」を紹介するネット記事のように、実態がよくわかりません。
貧困家庭は優先的に保育園に入れることにも触れられていますが、保育園に入れさえすれば「本格的に働ける」と考えているのでしょうか。
母親ひとりが育児の担い手で子供が熱を出すたび欠勤だとか、夫に育児する気がゼロとか、遠くの保育園にしか入れない場合など、保育園にもし預けたとしても、フルタイム勤務で高収入を目指すのがキツイ状況はありえます。
私自身を振り返っても子供たちが小さいとき、夫ひとりの収入ではキツイと感じても、小さい子を育てながらガンガン稼ぐとはいきませんでした。
このあたりは、もしかすると著書に詳しいのかもしれないので、読んでみたいと思います。
低収入が子供に悪影響
経済的にゆとりがないと、家族の食生活や健康、子供の教育などに悪影響が及ぶ。
との指摘はたしかにそのとおりだと思います。時間のゆとりも、気持ちのゆとりも、なければ子育てには悪影響です。
自由になるお金や資産を増やす努力は、多くの世帯にとって必要なのは間違いありません。
ただ、働かない理由を「損得計算ができていないのではないか」「夫が稼ぐものとい固定概念から」という周氏ひとりの推測と聞いた話で結論づけるには疑問があります。
それよりも、経済的困窮度が高くても勤労意欲を削ぐ「収入制限の壁」のほうが、母親が安心して子育てしながら働けない社会の環境のほうが、養育費を払わない離婚後の父親のほうが、貧困の理由として問題ではないでしょうか。
パート主婦世帯とひとり親世帯のほうが、より深刻な状況にいることは統計結果をみれば理解できます。
新聞記事に期待すること
にもかかわらず「専業主婦世帯、忍び寄る貧困 『稼ぐのは夫』意識抜けず」とまとめた記事には、
「裕福そうなイメージの専業主婦世帯も、実は約1割(といっても16年5.6%、18年5.9%ですが)が貧困。ひとりの収入では貧困に陥る程度しか稼がないような夫と結婚したにも関わらず、子供を多くもって、さらには子供を言い訳に働かない妻は、自分を幸せと勘違いし、損得勘定する能力もないうえ、性的役割分担にしばられて経済的に夫に甘えている。その結果子供に不利益が生じている」
という結論ありきのように感じました(周氏の著書がこういう論調なのでしょうか)。
また、これは推測ですが、18年調査の結果を記事に盛り込んでいないことや、著書のための独自集計を「子育て世帯全国調査」の結果のように書いているところから、もしかして18年調査前のデータを根拠に書かれた周氏の著書を読んで周氏にだけ取材して、記事をまとめたのかしら…という疑念も持ちました。
一連の「貧困世帯専業主婦は、本当は貧窮しているのに、生活に追われすぎたせいで、それが幸せと思い込み、損得の判断もできないほど判断力も低下している」的な内容は、「周氏は話している」と書いています。
誰かの発言を紹介することそのものは、悪いことではありません。本人が著書で主張するのも、表現の自由ということでよいでしょう。
ただ、新聞に片側からだけの意見を書くと、読んだ人がそのひとりの推測を事実だと勘違いするおそれがあります。「専業主婦ヤバい」とこの記事を根拠に紹介しているブログ記事も、みつけました。
そのため新聞には、もっと多面的な取材からの分析を期待したいところです。そんな記事が読めるのが、新聞の存在価値ではないでしょうか。
とはいえ経済力は大事
というわけで、記事の記述姿勢と結論には疑問が残るものの、母は働いて経済力を持つべきという主旨には賛成です。
なぜなら、経済的に自立することは、ひとりの人間として尊重されて生きるために、非常に大切な要素だからです。また、働くことは社会貢献のひとつだからです。
病気やご高齢などゆっくり休む必要がない一人前の大人なら、「収入の壁」なんて気にせず、その能力と才能を世の中に還元してしっかり稼ぎましょう!というのが、私の考えです。
専業主婦もパート主婦も正社員主婦も、離婚して(16年調査では初婚の15.5%が離婚)しまえば、あっというまに貧困ひとり親世帯(18年調査で50%超え)ですから。
収入の壁とか、働きにくさとか、養育費を払わない前夫とか諸問題は、個人として抗い、社会として解決していく必要があります。
調査事態は興味深い調査項目が多数
余談ですが、今回読ませていただいた「子育て世帯全国調査」はとてもおもしろい調査だと思います。労働政策研究・研修機構さまには、一個人からの問い合わせにも、迅速かつ丁寧にご回答いただき、感謝申し上げます。
この調査を知るきっかけとなったという点で、日経新聞のこの記事には感謝したいところです。
16年調査には他にも興味深い結果が見られました。
- 日々の家計の管理方法は、専業主婦世帯においては、「妻が管理」の割合は低下傾向が鮮明で、57.3%となっている。一方、「夫が管理」と回答した世帯は 12.9%となっており、割合が引き続き上昇している。→「専業」主婦なのに家計の管理もしないとは、夫にしきられすぎ?
- 結婚経験のある子育て女性の 15.5%は、初婚の相手と離婚している。初婚の破綻率は、妻の学歴との間に負の相関関係が見られる。大学・大学院卒女性の初婚破綻率は 8.1% でもっとも低く、中学校卒女性の初婚破綻率は 42.9%でもっとも高い。→離婚、予想より多いです
- 世帯収入が高いほど、妻の幸福度が高い→それは納得
- 母子世帯の約8割は離婚によるものである。しかし、離婚母子世帯のうち、(子どもの)父親から養育費を受取っているのは全体の16.2%と(厚生労働省「全国母子世帯等調査 2011」)。→母子家庭の貧困率の高さ(18年調査で 51.4%、)の理由がコレ! 厳罰化&強制徴収を望む
- 年間就業収入が 300 万円を超えている高収入層の母親は、全体の2割未満(18.9%)だが、調査開始以降でもっとも高い割合となっている→300万円で高収入なのですね。
- 無業母親は総じて有業母親より健康状態が悪い。 無業母子世帯の母親は、2 人に 1 人に抑うつの傾向→大問題!
今回は深く触れませんが、今後も注目していきたいと感じました。
ちなみに、2018年の第5回調査はこちらでごらんいただけます。
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ここだけに掲載している林原りかの「自分史的自己紹介」をお届け後、言葉やブランディングで、ビジネスと人生を充実させるヒントをお伝えしています。返信もOK!